長島昭久(衆議院議員)の経歴は?自民党にはいり日本会議へも復帰か?

元民進党で副防衛大臣をつとめたこともある長島昭久衆議院議員が自民党に入党することなったというニュースがトレンド入りしています。

長島昭久議員の経歴や極右政治団体の日本会議への復帰の可能性についても調べてみました。

早速いってみましょう!

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長島昭久(衆議院議員)の経歴は?

引用:Twitter

長島昭久衆議院議員は、現在(2019年)57歳です。横浜生まれで慶應義塾の幼稚舎から大学院までずっと慶應という生粋の慶應ボーイです。

このことからも実家は、横浜でもかなり裕福な家庭です。

慶應大学大学院では、法学研究科で憲法学で修士号を取得、その後アメリカのワシントンD.C.のジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で学び、国際関係論で修士号を取得しています。

そのままアメリカに残り、アメリカ合衆国外交問題評議会研究員(アジア政策担当)ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所の客員研究員として、国際政治の専門家として研究者生活を送っていました。

長島昭久さんは、30代後半まで研究者として活動していたことになります。

政治家としてスタートするのは、38歳(2000年)のときからです。衆議院東京21区の補欠選挙に民主党公認で立候補しましたが落選。3年後の第43回衆議院議員総選挙に東京21区から民主党公認で立候補し、初当選しました。

民主党、民進党時代は、安全保障政策担当として防衛副大臣を務めた実績もあります。

その後、民進党を離党、希望の党や国民民主党などのごたごたに嫌気が差して、無所属となっています。

2018年には、無所属の議員と地域政党「未来日本」を立ち上げていました。

そして、2019年6月の自民党入党となります。

長島昭久議員の経歴をみてみるとちょっと他の議員とは違うなあと感じますね。国際政治や防衛安全保障政策に精通していて、アメリカにもコネクションがあるプロ政治家という印象です。

それ故に人材難の自民党としては、喉から手がでるほど欲しい人材だったのではないかと思います。今回は自民党からかなり熱烈なラブコールがあって入党したのではないないかと想像します。

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長島昭久の日本会議へ復帰の可能性は?

長島昭久議員は、2015年9月28日のツイートで日本会議のメンバーだったことを認めていました。

この段階では、「中庸であり穏健保守、すなわち国民の常識ど真ん中です。」という中庸路線を宣言していました。

それから4年後の2019年6月22日の速報では、今や完全な右派政権である自民党への入党を決断しています。

この約4年の間にどういう変化が長島議員にあったのか?

中庸路線を貫いて活動していても何もできないことへの反動から政権政党へ飛び込んだのか?

長島議員本人からのコメントを待ちたいと思います。

自民党への入党にともない日本会議へのメンバー復帰が濃厚だと思われます。

なにせ今の安倍政権の日本会議メンバーの比率は異常です(・_・;)

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まとめ

  • 長島昭久衆議院議員の経歴は、研究者から政治家を目指したエリート政治家そのもの。
  • 長島昭久衆議院議員の日本会議メンバー復帰の可能性は高いと予想。

長島議員は、安全保障面だけでなく子供の貧困対策やスポーツ振興にも力を入れている政治家です。

長島議員の座右の銘

「命もいらず、名もいらず、官位も金も望まぬ者ほど御し難きものはなし。しかれども、この御し難き者にあらざれば、国家の大業を計るべからず」(西郷南洲遺訓)

この座右の銘のように国家の大業をなしてもらいたいですね。

政権政党で力を発揮して国益にかなう政策を実現してくれることを期待したいと思います。

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